COLUMN 【サイクリングスポット】日本初の大規模ニュータウンへようこそ ~大阪府 千里ニュータウン 昭和レトロサイクリング~

昭和高度成長期
戦後復興から高度成長期、都市部の人口が膨れ上がり一つ屋根の下、狭い家屋に大勢の家族が住むという住環境を改善しようと、大阪府が大阪北部の千里丘陵に大規模ニュータウンを計画。
開発面積は1,160ha。計画された人口は15万人。37,330 戸の計画戸数の計画のもと、1962年、日本で初めての大規模ニュータウン、千里ニュータウンに人々の入居が始まった。
域内には、鉄道路線の他、隣接した場所では大阪万博が開催。ホテルや商業施設も建ち、昭和の時代を物語るような華やかな街が形成された。
ピーク時には13万人が住んでいたが、高齢化も進み2007年には8.9万人まで減少。その後僅かながら人口は持ち直しているものの、かつて日本の最先端であった千里ニュータウンは21世紀となった今も、現代の日本の人口減少を象徴する街となっている。
誕生から60年。当時植えられた街路樹は大木となり、街の景色も緑豊かに。
海外のニュータウンを模して整備された道路は広く、サイクリングをするのに丁度良い快適な道。
昭和の名残を探しながら、日本初の大規模ニュータウン「千里ニュータウン」を巡った。
千里ニュータウン情報館で予習
千里ニュータウンサイクリングの起点としたのは、阪急電鉄南千里駅。まずは、南千里駅に隣接する千里ニュータウン情報館で千里ニュータウンについての予習をしておきたい。
館内には史実をまとめた書籍や、当時の様子を伝えるビデオ上映、開発時の計画模型など千里ニュータウンの足跡が展示されている。
展示物の中でも目に留まるのが、電話ボックス大(電話ボックスでさえ現代では珍しくはなったが)の大きさの樹脂製の物体だ。
その名は「バスオール」。後付けの風呂設備。
銭湯の利用から内風呂へと移り行く時代、千里ニュータウンで広く使われその後は完全な内風呂となったため消えた家財道具の一つだ。
まさしくユニットバスとなっているバスオールには、内部にバスタブとシャワーがあり中を覗くと当時の様子が目に浮かんできた。
1960年代の計画模型。「実際の完成形と違う箇所を探すのも面白い。」という記載にこの街の深みが伺える。
銭湯から家風呂へと変化する時代を繋いだバスオール。後付けタイプの風呂設備だ。
冷蔵庫、洗濯機、テレビと並び高度成長期後期の千里ニュータウンではバスオールがベランダに並んだという。
千里ニュータウンへ突入する
千里ニュータウンのある大阪府吹田市、豊中市はシェアサイクルのステーションが所々に設置されており、シェアサイクルでのニュータウンサイクリングが楽しめる。
千里ニュータウン情報館で配布されているマップや情報誌を手に入れたら、いよいよ千里ニュータウンに突入。最先端の街を走ってきた街、駅にある駐輪場は当たり前のように「自動駐輪場」が設置されていて駅周辺が整然としていて綺麗だ。
しばらく見ていると自動駐輪場前に颯爽と自転車で現れ、扉横のボタンを押して扉が開くと自転車を中に入れ、扉が閉まり自転車は地下へ「サーっ」と音を立てながら格納される。至ってスマートな流れに爽快感が沸いてきた。
情報館からまず向かったのは、千里ニュータウンの入り口であるゲートの標識。
周辺から主要道路を使って千里ニュータウンに入る際に出迎えてくれていたゲートは1970年代には6個ほどあったが数個が現存するのみ。
そのうちの一つが南千里駅の南の道路沿い、松林の中にひっそりと佇んでいる。下草の生える松林に入り、ゲートを間近にすると半世紀の歴史を感じる事ができた。
ゲートから北に広い道を行くと3個ある大規模公園のうちの一つ、千里南公園がある。
釣りができる池やカフェもあり、賑わいのある公園だ。美術作品や、歌碑が点在していて見るものにも事欠かない。
円形広場には、野外舞台があって40年~50年ほど前はきっと戦隊ショーなども催されていただろうと想像してしまう。
千里ニュータウンの奥深くへ
千里ニュータウンを南北に貫く府道 吹田箕面線 緑道。大規模緑道として、こちらも日本初。道路の基本幅員は50mと広く、道の両脇に緑地帯があるので気持ち良くサイクリングができる。
緑道から時々脇に入ると、深い発見ができるのが千里ニュータウンサイクリングの醍醐味だ。
様々な形の団地の建物を追いかけるのも良し。
街路樹や公園の木々を追いかけるのも良し。
街中、公園にあるアートを追いかけるのも良し。
昭和の高度成長期から始まった半世紀、人々の暮らしが詰まった歴史ある街はサイクリングを探検に変えてくれる。
海外のニュータウンを模して造られた街には、信号を使わないラウンドアバウトを利用した道路もある。十字路ではなく、ロータリーで交わる道路はヨーロッパの自転車レースでのワンシーンを思い出させてくれる。
大小様々な公園には、すべり台やブランコといった定番の遊具はもちろん、中には何と言ったら良いのか分からない年季の入った遊具もある。
塗装も剥げた遊具からは、昔よく公園で遊んだシーンが蘇ってくるだろう。
海外のニュータウンを模しただけあり、ラウンドアバウトもある。
団地鑑賞に浸る
団地と言っても、その形は様々。ただ単に四角いという事では表現できない奥深さがある。
今回の起点にあった南千里駅近くの団地は3方向に建物が形成されているスターハウスと呼ばれる形式。
広大な面積に並ぶ団地群だが、単調さを無くすため高低差や形状にバリエーションがあり、一つ一つを見て行くのも大変面白いものだ。
さらに、それぞれの団地建屋に掲げられている番号にも意味や形が様々ある。
Aは大阪府住宅供給公社、Bは大阪府営住宅、Cが開発当時は住宅公団で現在のUR都市機構、Dが社宅という区分。
この番号も壁面にペイントされたものや、鉄線を使用して壁面から少し浮き上がらせたものなど色とりどり。
半世紀の歴史で建替えられる建物も多く、一画全体が退居して空き家となった建物を見るのも感慨深くなる。
日本のニュータウンのど真ん中
千里中央公園から樫ノ木公園を経由して千里中央へ。
大阪モノレール、北大阪急行、阪急バスといった交通機関が集まる千里中央は商業施設やオフィスビルも多い。実は千里中央は昭和のオイルショックの際に「トイレットペーパーがなくなる」という噂が広がりトイレットペーパーが店から消えたいわゆるトイレットペーパー騒動の発端となった場所だ。
1970年代としては、水洗トイレの普及率も高かった千里ニュータウン。時代の最先端を行っていた街は騒動においても中心であり最先端を行った。
当時から続いたスーパーも今では退店、近隣にはもう一つ関西系のスーパーだった大型の商業施設も空きビルとして並び二つの空きビルに挟まれる形で懐かしい雰囲気のある商業施設に人々が集まっている。
入り組んだ路地と細かく登り下りのある階段、昭和サイズの決して広くはない間口のテナント、遊園地のような円錐形の建物。昭和のレトロさを感じる空間は見ていても飽きない。
1970年代のトイレットペーパー騒動は、この場所から始まった。
ニュータウンに囲まれた農村
千里中央駅から南下すると上新田天神、真覚寺とこれまで見てきた景色から一変してニュータウンの歴史からさらに遡ったような景色が見えてくる。
千里ニュータウンに囲まれたこの上新田はかつては農村で、周辺の山林や竹林が千里ニュータウンとして開発され元々、人々の暮らしが形成されていたこの場所はそのまま開発されなかった。
団地や街路樹のある広い道路から農村の名残の狭く入り組んだ道路を走ると当時からも続く屋敷の姿も見えてくる。
千里ぎんなんロードで南千里駅へ。シンボリックなスターハウス形状の団地が見えてきた。
千里ニュータウン情報館の他、各所で配布されているマップと資料。
10km~の健康サイクリング
南千里駅から千里中央公園の少し北側まで、千里ニュータウンの約4分の1を巡った今回。距離にして約11km。
多くが緑溢れる街路樹に囲まれた道路で、丘陵地帯ならではの小刻みなアップダウンはあるものの、電動アシスト自転車なら坂道も気にならないだろう。
それよりも、単なる街とあなどるなかれ。千里ニュータウンは高度成長期からの人々の暮らしがギュッと詰まった半世紀の歴史を見れるサイクリングスポットだ。
今回は11kmの行程だったが、冒頭で紹介した千里ニュータウン情報館にあった計画模型と現在の照らし合わせをして、実際の完成形と違う箇所を探してみると一体何キロこの千里ニュータウンを走れば良いのだろうか?
100km、いや千里となるとその距離は415kmくらいになるのだろう。
- 日本初の大規模ニュータウンへようこそ ~大阪府 千里ニュータウン~
- 阪急電鉄 南千里駅-ニュータウン入口-千里南公園-さるすべり公園-千里中央公園-樫ノ木公園-アートロード-せんちゅうパル-真覚寺-ぎんなんロード-南千里駅
- 約11km
- 消費カロリー:約400kcal
- シェアサイクル:吹田市内、豊中市内各所にハローサイクリング(外部リンク)のステーションが設置されています。
- 千里ニュータウン情報館(外部リンク)
- 豊中市 とよなか散走について(外部リンク)
- 吹田市 公園・みどり紹介(外部リンク)
関連記事
【サイクリングスポット】身近なスポットを巡る街中サイクリング ~大阪府豊中市~
【サイクリングスポット】着陸してくる飛行機を間近に見る土手 ~大阪府豊中市~